最悪・最悪に近い状態は新たな学びのチャンス

私は最悪とまでは行きませんが、使えるお金が少なくなってしまい、ものすごく不安を感じたことがありました。しかしそういう時であっても、そこから新たな気付きや学びを得ることが出来るのです。

使えるお金が少なくなったとしても、それで何とかやっていけるものだし、買い物も本当に必要なものを選んで買うことが出来るようになります。100円以下のものを買う時でも、ものすごく集中して「これは必要かどうかを」判断するようになりました。

食べ物は安いものであったとしても、それを腐らせてしまうと、罪悪感を感じてしまいます。安いからといって、買っても食べないで腐らせてしまう恐れのあるものは、買わないほうがいいのです。

それに、安いものであっても物を買えることに、とても感謝ができるようになります。お金がたっぷりあったままだと、気づかなかったことです。

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最悪はゲーム感覚で乗り切る

最悪な状態というものは、自分に対しての抜き打ちテストです。「こんなの乗り越えられない」と思うことであっても、自分で乗り切れない出来事は起こることはありません。

また「乗り越えられない」と思う出来事が起こる時は、次のステージへレベルアップする時に起こります。難しいことをクリアすることで魂が磨かれ、それは自分のものとなり、今後の人生に活かすことが出来るようになります。

最悪な出来事はテストと言うと、辛く苦しいイメージをしてしまうと思うので、最悪な出来事はゲームと思って乗り越えるほうが、事態に深刻にならないし、その方が良い方向へ進むスピードも早くなります。

私も先行き不安で辛い時は、とにかくそのゲーム感覚で乗り越えるという意思を忘れませんでした。今も問題が完全に解決したわけではありませんが、その間やっていった行動のおかげで、辛い中でも安心感を得ることができました。

当たり前の奇跡こそ大切に

水道から水が出る、電気が使える、ガスが使える、スーパーに行けば食べ物があるなど、当たり前で疑いのないことでさえ、自然災害などにより出来なくなってしまう恐れは、常にあります。

そのような当たり前の奇跡に恵まれる事は、とても幸せなことかもしれませんが、ずっとその奇跡の状態にいると、そのありがたさが見えなくなってしまいます。

欲しい物を手に入れることは悪いことではありませんし、欲しい物があるからこそ人生に張り合いがが出てきます。しかし、当たり前の奇跡を頭の隅に置いて、それを忘れないことは大切です。

私は欲しい物、欲しい状態ばかりを見つめて、当たり前の奇跡を疎かにしていた頃がありました。当たり前にあるもの、当たり前にできること、当たり前にいる周りの人、それらを大切にしないで願いを叶えたとしても、また次の欲求に悩まされるだけになってしまいます。

限定物の希少なバッグを手に入れても、またつぎから次へと希少品は出てきます。願いを叶えてもそれがうれしいのは僅かな間だけで、また次の物が欲しいという、欲求不満を感じてしまいます。

そのような生き方をしている時は、当たり前の奇跡を忘れてしまっています。私も昔は欲しい物を求めすぎて、それなりにお金があったのにいつも少ないと言っていた時期がありました。

今思えばそれはとても愚かでした。その頃は当たり前の奇跡にすら意識していませんでした。

しかし生活が切羽詰まり、そこで初めて当たり前のことをとても大切だと分かることができました。お金がないのは辛いことですが、そこから得られるものはありますし、確実に魂は磨かれます。

最悪な状態を体験するから飛躍できる

状況が不利であればあるほど、その状況から抜け出すまでの間に身についた知恵やスキルは、とても大切なものとなります。

最悪な状況であるから、そこでしか体験できないこと、そこでしか感じられない感情を味わうことができます。

私はお金が少ないという状況を体験して、物事の感謝に大切なキホンのキを知ることができました。極限に近くなった時こそ、身近にある些細な小さなものすら、大切に感じるのです。

最悪な状況は抜けるまで、台風のように恐ろしいかもしれませんが、ただ注意して落ち着いて過ごしていけば、何とでもなります。

最悪な状況は、もうその状況は怖くないと感じたときから、もう抜け出せているのです。もう出口のトンネルを進んでいます。

それでもラスボス級のものが残っていると不安ですし、私にもそれはまだあります。しかし、どんな時も前に進んでいく気持ちさえあれば、切り抜けられるのです。

未知なるものは怖いですが、乗り越えられないことは起こらないのです。

本日もお読みくださり、ありがとうございます。

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