人生においてどんな小さなことでも、なにかに夢中になることはとても素晴らしいことです。
たとえ無意味に思えるようなことでも、今まで得た知識などが絡み、新たに気づきを得ることが出来るようになります。
それに人生は少々無駄も必要です。余裕のない人生であれば、少し道から外れてしまうだけで、苦しみを感じてしまいやすくなります。
夢中になることは今自分が求めているもの
一見あまり役に立ちそうもない事、マイナーなことに夢中になってしまうと、これでいいのかと不安になることもあるかもしれませんが、自分に必要だからそこ、夢中になることが出来るのです。
なにかに夢中になることは、心が喜び生きがいにも繋がります。人生は楽しむためにあります。大変なことも多いかもしれませんが、私達がこの地球で生きているのは、物事を楽しむためです。
別に無理して大衆の好むものを好きになる必要はありません。私は昔からそれらのものはあまり好きではありません。流行りのドラマもTV番組も俳優もそんなに興味はありません。今はどのようなものが人気なのかサッと見るくらいです。
今夢中になれることは、これからの人生をより良くするものがその中に含まれていることもあります。どんな事もとことん突き進んで楽しめば良いのです。
人生に無駄は無い
よく聞く言葉ですが、なかなか腑に落ちにくい言葉でもあります。でも、この世の中には無駄なものは一つもないと私は思います。
物事は光と影、陰と陽で出来ています。物事一つに付きいい部分と悪い部分が必ず対になっています。
結婚や出産はおめでたいもの、幸せなものと一般的に思われていますが、「おめでたい」、「幸せ」であるものでもその中には、辛い事も必ずあります。配偶者やその関係の人間関係に苦労したり、出産したものの子供の病気やその他諸々悩むことがでてきます。
逆に一般的に嫌だ、辛い、悲しいと思われる出来事の中にも、何かしらいい部分はあります。嫌な事が起こると嫌なことばかりにフォーカスしてしまいがちですが、その中でも良いことは必ずあります。
嫌な時、辛い時こそ、普段見逃しがちな些細な恵まれている部分、人の優しさを大きく感じることができます。私も体調が悪くなると、何事もなく過ごせることがいかに大事であるかを、身に沁みます。
嫌な事、辛い時こそ、そこにフォーカスせず、出来る限りいい所を探す癖をつけるのも大切です。災い転じて福となすという言葉があるように、災いがあったから良い出来事が起こることもあります。
ネガティブな出来事が起こったからといって、この先もネガティブではありません。
本日もお読みくださり、ありがとうございます。