ありがとうのアファメーション|言い続けたら今ある奇跡に気がついた


Image by marselelia on Pixabay

最近、「ありがとう」のアファメーションに少しハマっています。

2年位前にもありがとう5万回に挑戦したのですが、その時は少しですが何かしら普段とは違う動きがありました。

関連記事:ありがとうを5万回言ってみた

ありがとうの言葉はシンプルですが、私はその言葉には力が秘められていると確信しています。良くも悪くも何かしら動いたり、気付きを得ます。

ありがとう1万回を言い終わったとき

普段から人に対しありがとうということを癖にしていますが、連続で1万回を言い続けるのは久しぶりでした。

終わったときは「特に何も無いな」と思っていたのですが、ふと来客がありました。

来客といってもセールスで、親しい人などではありませんが、最近人が尋ねてくることは少ないので、少し珍しいなと思いました。

ありがとう3万回を言い終わったとき

最近オークションで取引をしているのですが、途中で進まなくなり悩んでいました。

ありがとうといっている間も、その事が気になって心がもやもやしていましたが、その翌日私がミスをしていることに気がつきました。

ちょっとしたアクシデントで、気持ちが沈みがちになりましたが、ミスに気がつけて運が良かったと思います。

いいことばかりが起こるとは限らない

今回ありがとうを言い続けて起こった出来事は、あまり好ましくないことでしたが、私はそれはただの通過点だと決めました。

好ましくない出来事が起こったからこそ、気を引き締めていこうと決意することが出来ました。

ありがとうといい始めてから、いろいろ考えさせられることが多く、自分を見つめるいい機会になりました。

ちょっとした良いこともある

ありがとうを3万回言い終えて、それからもありがとうを少し言い続けていた中、買い物へ行きました。

支払いを終えて帰ろうとした時、詰まれた買い物カゴが少し傾いていたのでそれを直したら、店員さんにありがとうと声をかけられました。

些細なことですが、普段は言われないのでうれしかったですね。本当に小さなことですが、ちょっとした良いことも心に残るようになっていきました。

今あることが奇跡

掃除をしている時に、ありがとうを漢字にすると「有難う」になり「難」「有」とあまり嬉しく感じないなと思いましたが、ふと「ありがとうは、有るのが難しい」という類の言葉が頭に浮かびました。

丁度掃除機をかけようとしていて、「そのフロアも他の部屋も何かが違っていたら、今は無かったかもしれない。」「もしかしたら今とは全く違った場所に、住んでいたかもしれない」と思うようになりました。

今当たり前に見えている部屋も、その風景も何かしらのボタンの掛け違いがあるだけで、存在しなかった可能性があります。もしかしたら今の住んでいる場所は、スーパーや学校が出来ていたかもしれません。

ちょっと違っただけで今の当たり前が見れなくなったかもしれない、と思うと今の当たり前があることは奇跡だなと感じました。

大金持ちになる、世界中を旅行する等、大願ばかりが奇跡に思われがちですが、今存在する当たり前も同じくらいすばらしい奇跡です。

どんなにお金持ちになっても、どんなに沢山旅行が出来るようになっても、要は今の日常が充実していることになります。長く旅行をしていると家が恋しくなってきますよね。

それに、もし今まで慣れ親しんだ場所を明日去らなければならないとなったら、寂しくなるものです。当たり前の大切さは無くなりそうになって、無くなってしまってから分かるものもあります。

ありがとうは今の自分が奇跡だと気付かせてくれる魔法の言葉です。

本日もお読みくださり、ありがとうございます。

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