人生で立ち止まってしまっていた時期って、無駄に感じるかもしれませんが、そもそも無駄な時間というものはありません。
無駄だと思う間も、何かしら学びがあります。それに無駄だと決めてしまうと、あの時は無駄な時間を過ごしたという事象を多く見ることになってしまいます。
無駄な時間を過ごしてしまったと後悔するよりも、これからどう楽しく過ごそうと考えるほうが大切です。
不自然な気持ちで過ごしていないか
嫌な感情、良くない感情を発しながら過ごしていると、早かれ遅かれ心身が疲弊してきます。人生で立ち止まってしまうときって、何かしら無理をしている事がよくあります。
今の立場が辛くてたまらないのであれば、そこから降りる事も必要です。
そんなの無理、出来ない、そこまでではない、と思うのであれば、自分の内面を見直してみることです。例えば周りが冷たいと感じる時は、もしかしたら自分が無意識に、人に冷たく接してしまっているのかもしれません。
少しでも心が緩み、朗らかになれば、その暖かい気持ちが伝染するように、周りの人や環境も少しずつ変わります。
言うのは簡単でも実行は難しいときもありますが、少しずつ変えようとしていけば、色々なサポートがあって、そこから少しずつうまくいくようになっていきます。
立ち止まっていた時間だという枠は、いらない
引きこもりだった時間が人生で立ち止まっていた時期だ等、そのように立ち止まっていたと決めてしまうと、その時期が暗黒の時のように嫌な思い出になってしまいがちです。
引きこもりも、学校に通うのも、仕事に行くのも、すべて同じです。どれが良いか悪いかなんてありません。もし良い悪いがあるのなら、それは思い込みです。
引きこもりだったからこそ、そこで何か考えることもあったし、いろいろな経験もあります。そこでの生活は確かに存在しているのです。
立ち止まっていたなと思うときも、普通の日々と同じです。人生では方向転換が必要な時期もありますし、ずっとあくせく働いて生きていくというのは不自然です。
どんな時もそれはかけがえのない日々の一コマです。
人生はわらしべ式
人生って「何でこんなことを」と思うことを真剣にやりたくなる時期があります。
でも無駄だからやらないと挑戦しないのはもったいないです。
心からやりたいと思うことは、積極的に挑戦していくほうがそれが新たな人生に繋がります。
新しい趣味が見つかる、仲間が見つかる、苦手なことが苦手じゃなくなったなど何かしら自分に変化があります。
今興味のあることが、よりよい人生へと繋いでくれます。「恥ずかしい」「面倒」「怖い」と思ってやりたいことを諦めるのではなく、ちょっとずつでも時間がかかってでも、「やってみよう」と思うことが大切です。
本日もお読みくださり、ありがとうございます。